◎「おはよう」から広がる谷むら時間
道路沿いに建つ公民館は緑に包まれ、小さなおうちのようにたたずんでいました。ガラガラと引き戸を開けると、台所はとてもにぎやか。笑い声を響かせながら、女性たちがわいわいお料理をしています。
この日に集まったのは、酒野地区で暮らす3人の女性たち。谷むらで出会ってから、もう50年以
上のお付き合いになるそうです。「はい、味を見てー!」と元気に声を掛け合う姿は息がぴったりで、まるで姉妹のように仲良しです。
◎おかずがなくても大丈夫
「これはね、山菜おこわの具なんですよー」
今回のリーダー・恵美子さんはテキパキと動き、人参やインゲン、山菜など、色とりどりの食材をたっぷり炒めています。隣の蒸し鍋では栗入りのおこわが蒸され、湯気がほわっと立ち上っていました。
「おこわっていうけど、炊き込みご飯みたいなもんよね」
気配り上手の静子さんは、恵美子さんの隣で味見をしながらそう言います。「もち米が透明になっもち米一升につきお醤油は1合と決まっているてから味をつけるんよ。そうしないと芯ができるから」と、30分ほど蒸した数粒のもち米を手渡してくれました。
本当だ。もち米が透き通ってる…。
噛んでみると、まだ少し硬めです。栗おこわに半分の具を混ぜ込み、さらに15分ほど蒸したあと、残りの具を加えれば山菜おこわの完成。甘辛い味がしっかり染み込み、散りばめられた栗や枝豆がうれしい。おかずがいらない、立派なごちそうが出来上がりました。
谷むらは山の幸が豊富な地域です。春になるとお散歩がてら、通り沿いでわらび狩り。上手に採れば若芽が出続けるのもち米と具を混ぜる静子さんで、名人は7月まで収穫するそうです。この山菜おこわには、恵美子さんが採って乾燥させた貴重なぜんまいも入っています。でも3人は「材料はあるものでいいんよ。山菜の水煮パックでも大丈夫」と笑います。
◎飛び上がりそうになるから
鶏肉のお吸い物
おこわに入れようと用意していた親鶏のこまぎれは、臨機応変にお吸い物に使うことになりました。汁椀を見ながら「青みがないなぁ」と静子さんがつぶやくと、恵美子さんは玄関先を探索。「なにかあった気がする。ほら」手を伸ばした先には、ミツバが茂っていました。軸をくるっと結んで飾ると、おもてなしにもぴったりです。
きゅうりの飛び上がり
「飛び上がり、食べてみてー」と、きゅうりを差し出してくれたのは、なごみ系の明美さん。飛び上がるほど美味しいのかと思いきや「辛くて飛び上がりそうになるから、飛び上がり」なのだそう。恐る恐る食べてみると、ん?そんなに辛くない。みょうがと青紫蘇は爽やかで、三杯酢の甘みが絶妙。しゃきっと冷えた厚みのあるきゅうりをパリパリ噛むと…きたきた!おお、辛いっ!でも、青唐辛子のいい香り。これはやみつきの味です。
ふわふわおくら
ふわふわおくらの作り方はとっても簡単。「生のおくら20本以上をミキサーにかけ、ストレートタイプのめんつゆを混ぜるだけ」。おくらのヒゲが気になったら、塩をかけて板ずりし、さっと洗えばOK。ゆでる必要もありません。
うどんやお豆腐にかけて食べると美味しく、栄養もたっぷり。植えすぎて有り余ったおくらも大量消費できる便利レシピです。「オクラはすぐ大きゅうなるけんない(すぐ大きくなるからね=明美さん談)」
いちじくゼリー
いちじくゼリーはふるふるでとても美味しかったのですが、3人は「ちょっと溶けすぎたけん、ゼラチンより寒天のほうがよかったかな」と話していました。手作りジャムを水分とゼラチンでのばして味を調整し、冷蔵庫で固めます。
「カボスを少し入れると美味しいよ」と恵美子さん。
◎移ったんかもしれんけど
「やっぱり人と話さんとねー」と語り合う3人
出来上がったごちそうを囲んで、話に花を咲かせました。
3人が出会った約50年前、そもそも若い男性陣が仲良しで、青年の会を作ってよく家で飲み会をしていたそうです。その頃、女性陣はまだそれほど交流がなく、いつからこんなふうに打ち解けたかは「覚えんのじゃーちゃ(覚えていないんだよね)」と明美さん。恵美子さんも「うーん、知らん」。その言葉に爆笑するみんなに、静子さんは「お寺やらなん「やっぱり人と話さんとねー」と語り合う3人やらの付き合いかな」と話します。そして、子どもたちが同じ年頃で、一緒に子育てをしてきたことも親しくなるきっかけになったそうです。その時期を越えても縁は深まり続け、年を重ねてなおつながりができたという3人。「今回お料理を作ることでも、3回くらい集まって話し合ったんよ」と恵美子さんは話します。
「いいなぁ、そんな関係」と筆者が思わずつぶやくと、静子さんは「いいやろー。無理に『仲良くしましょう』とかいうんじゃなくてねぇ、こうして会話しながら自然と仲が良くなったんよ」とニコニコしています。
静子さんが旦那さんに毎日明るく声をかけている姿を、明美さんと恵美子さんはよく見かけるそうです。「『おはよう』とか『行ってくるね』と言っていて、ああー偉いなぁと思った。私はお父さんにそんなことを言ったことはなかったわけよ。でもいつ頃からか『おはよう』が自然と出るようになったわー。移ったんかもしれんけどね」と明美さん。―そういえば、谷の子どもたちも
よくあいさつをしてくれるなぁ。それはきっとこうやって、毎日声をかけてくれる大人がいるからかもしれません。
明日の朝は、いつもより明るい声で、「おはよう」って言ってみようかな。
「郷土料理」は「きょう、土曜日。」
恵美子さんのように豪快に、静子さんのような優しさで明美さんのように朗らかに料理を作れば、きっとそこにはゆったりとした「谷むら時間」が流れはじめることでしょう。
(左から)佐藤静子さん、小野恵美子さん、其田明美さん